2017年6月11日日曜日

読後感「敗者の戦後」入江 隆則 著

著者については全く知らなかったが、何でも保守派の論客だそうだ。本書の原本も、昭和の終わりころに産経新聞系列から出版されている雑誌「正論」に数回に亘り掲載されたもの。ただ18世紀から20世紀に至る西洋の歴史と19世紀から20世紀に至る東洋の歴史を「戦争」と言う補助線を置いて比較研究したものなので、著者の思想信条は余り関係ないように思う。

最近、特に第2次安倍内閣以来の5年くらいの間に日本も大分きな臭くなっては来ているが、生まれてこの方戦争とは縁遠い時代を生きてきたので平和ボケの感は否めない。しかし洋の東西を問わず先進国の近代史は戦争で得埋め尽くされているようだ。著者は18世紀末に起きたフランス革命以来、ヨーロッパではナポレオン戦争の1次2次が尾を引き、第1次世界大戦に発展し、それがまた尾を引いて第2次世界大戦に陥ったとしている。

尾を引きとは即ち戦後処理のありようで、敗者がどのように扱われ、それが次の世に何をもたらしたかを分析している。端的に言えば、ヨーロッパにおける18世紀の戦争と19世紀における東洋の戦争は似ているところがあり、何れも最初は、戦争は軍人同士の戦で、農民や商人は傍観出来た面があったようだ。日本も明治維新以後1894年(明治27年)には日清戦争がありその約10年後には日露戦争があって、幸いなことにこの戦争には勝つことができた。この戦後処理は日本国内に不満が残ったものの、ナポレオン戦争の処理に似ていたとしている。

ところがその後20世紀に入ると、世界的には第1次世界大戦が始まる。ここでは日本も国際的に恥じること無く振舞うことになるが、兵器の開発が進み戦争の仕方も軍人同士では済まず、一般市民を巻き込む形に変化してくる。国際法も戦後処理も大分様相が変わるが、細かいことを書いても仕方がない。著者が結論付けているのは、戦争に正義の戦争と不正義の戦争はあり得ない。政治の延長と言われるが、戦争は絶対悪である。

感想として最も印象に残ったことは、先に日清日露戦争に<幸い>勝つことができたと書いた。関連するのが「人間は恐怖する動物、言い換えれば恐怖する人間こそ正常な人間」(グリエル・フェレーロ)明治の元老(伊藤博文や山県有朋たち)には恐怖が正常に作用したので概して国策を過たずに済んだ。引き換え近衛文麿以下の新人類は歴史への恐怖が薄い。現代の政治家を思うとき、彼らに歴史への恐怖は如何だろう。

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