2017年8月21日月曜日

我々とは関係ないところで

普通の勤め人は夏休みが終わってるのだろうが、政治の世界は別のようである。昨日の日曜日、安倍首相は私邸に河野外務相と小野寺防衛相を別々に呼び出し、ワシントンで行われた日米外務防衛閣僚会議の顛末について報告させたそうだ。何で昨日で、しかも私邸なのか意味が全く分からない。事前であれば極秘の打ち合わせがあるので、或いは月曜になると互いに忙しいからとか理屈もあろうが、日曜日白昼のことである。

兎に角呼び出された方もノコノコ出かけた。総理が両大臣に対し「高価なミサイルを売りつけられて簡単に承諾するとは何事だ、すぐに返してこい!」と怒りつければ褒めてやりたいが、少なくとも表向き大した話は何もなかったようだ。容易に想像できるのは、大臣から「米側から、明日始まる米韓合同訓練を裏でしっかりサポートしてほしい。」と要求されました。総理からは「そうか、しっかりサポートしよう。」程度の話だろう。

具体的にはいろいろあるのだろうが、日本人からすれば迷惑なだけで資することは何もあるまい。悔しいが日本はアメリカ軍の訓練場なのだ。小野寺大臣は所詮米軍の傭兵部隊長みたいものだから言っても仕方ないかもしれぬ。しかし河野氏は曲りなりにも外務大臣だ。防衛相とは少し異なる外交的発言を期待したいが、別々の面会だった二人に何の相違も感じられなかった。

少し話が変わるが、今日は森友学園の籠池理事長が大阪地検で再逮捕されるとのこと。根拠は詐欺罪の上乗せで、庶民が地検に期待する国有地払い下げ問題に踏み込む気配は未だ全くない。これも気をもませる話だ。もう大分前になるで忘れられているだろうが、今月始め福田康夫元総理が共同通信のインタビューに答えた記事が全国紙にも出た。学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画や「森友学園」への国有地払い下げなどを踏まえ、安倍政権下の「政と官」の関係を批判して『各省庁の中堅以上の幹部は皆、官邸(の顔色)を見て仕事をしている。恥ずかしく、国家の破滅に近づいている。』と語った。とされているが、<国家の破滅>とは凄い言葉だ。

関係あるかどうかこれまた全く分からないが「今治の獣医学部新設を白紙撤回」のニュースが雑誌やネットを駆け巡っている。

2017年8月20日日曜日

読後感「知ってはいけない 隠された日本支配の構造 」矢部宏治 著

北朝鮮が妙にハッスルしてアメリカを挑発する昨今、アメリカと強固な同盟関係にある我が日本の立ち位置を思うと、不安を感じない国民はいないだろう。いろんな考えはあると思うが、政治的にはもう少しアメリカとの間に距離を取ってほしいと思うのが正直なところである。しかしそれが無理な願いであることが本書を読むことによってよく分かった。

前回矢部宏治氏の著書【日本はなぜ、「戦争のできる国」になったのか】の読後感をアップしたのは昨年6月17日で、その時も「今回本書を一読することにより、正に<目から鱗>の思いである。」と書いている。今回も全く同じ感想を持った。著者は20歳も年下ながら慶応文学部から広告代理店を経て出版プロデューサーになって成功した人物なので、才能の豊かさへの敬意と共に親しみを感じているのも事実。どの著作でも同じだが、エビデンス(証拠文献)への深い追及に基き乍らも、内容が整理されて分かり易い文章で綴られているので、ボケ老人の頭でも理解できることがありがたい。

現在、沖縄の基地問題や全国各地に展開し始めたオスプレーの傍若無人の振る舞いを見ていると、アメリカ軍て奴はとんでもなく無神経で粗野な人種の集合体のように思ってしまう。しかし本当は大分違うらしい。全世界に軍を展開させているだけあって、国際法の順守に関しては相当神経を使っているようだ。では何故我が国において、彼らが人も無げ、恰も自国にいるように振舞うことができるのか。その謎が恰も算数の答えが見つかったかのように、明快に解き明かされている。

一見横暴に見える米軍の振る舞いは、1950年代の初めから日米2国間の条約等の約束で全てが認められていることなのだ。先日もどこかのテレビで元外務官僚の宮家邦彦氏が、「日米地位協定を見直した方がいいのでは・・・」と口を滑らした新任の大臣を「毎月2回開催される日米委員会を通じ、絶えず運用を見直しているのです。もっと勉強してもらいたいですね。」とドヤ顔で発言していた。これを聞いた時も釈然としなかったが、今回は「勉強しろ」をそっくりお返しすることができる。

日米安保条約は1951年サンフランシスコ条約調印時に、同市内の別の場所で吉田茂総理大臣が一人で署名して以来、1960年岸信介総理の時改正されて新日米安保条約と称せられ、以降は10年毎に自動的に更新されている。当初から日本は、アメリカ軍は太平洋戦争の勝者として進駐してきた連合軍の権利をそっくり継承することに同意し、その根本は未だにまったく変更されていない現実がある。

表面的にはサンフランシスコ条約で独立主権国家になったように見えるが、裏契約(いわゆる密約)で占領状態(戦争の延長)が解かれていないのだ。密約と言っても、知っている当事者はいるわけで、60年以上たった現在でもその密約は外務省では当然引き継がれているから、政権の幹部は知らぬ筈はない。その中には一度政権を取った旧民社党等も入るだろう。アメリカでは秘密文書も一定の年月が来れば全てオープンになる。

ブッシュ政権で国務長官を務めたコンドリーザライス氏は、軍が日本を統治するなんてことはあってはならないと随分怒ったらしいが、結局軍を引き下がらすことが出来なかったようだ。今まで漠然と属国だと思っていたが、吉田茂氏とか岸信介氏が正式に認めていたんじゃどうしようもない。彼らを今更国賊と罵っても何も生まれない。願わくば現代の政治家の努力を期待するしかないだろう。下々の我々は「知ってはいけないこと」かもしれぬが、ぜひ多くの人に読んでもらいたい。

2017年8月18日金曜日

視覚障害か?

目下首相は夏休みでご静養中、今年はゴルフも控えるそうだが何を考えていることやら。別荘地到着早々、近所にある笹川陽平・日本財団会長の別荘で森元首相、小泉元首相、麻生副総理らと3時間以上にわたって会食したことから、年内早期解散の了承を取り付けたと騒がれている。所謂「加計解散」とのこと。自分の延命しか頭にないのだろうから、自民党が勝てる解散とも思えないが、ありうる話なんだろう。

それにしても安倍氏の考え、思考回路は盲人のそれに似ている。先ず先の内閣改造とそれに伴う官僚の人事、「頭隠して尻隠さず」の譬え通り、国民の目をごまかしたつもりでいるのだろうが、普通の人が見れば何もかも丸見えで、何も変わっていない。更に付け加えるなら、今回の日米外務・防衛相会議、これも比喩が悪いのを承知で書くが、米国への盲目的追随としか言いようがあるまい。

米国も中露は兎も角、欧州各国首脳からも大統領の発言に対する苦言と忠告で耳が痛かったに違いないので、日本からだけは100%以上の賛同を得て、少し胸を撫で下ろしたのだろうか。少なくともアメリカは、トップの大統領が子供の口喧嘩に精を出してはいるが、一定の事務レベルで北朝鮮と交渉をしているらしい。日本メディアの報道でも、先日のカナダ人人質解放もその一環と伝わってきている。

日本には在日朝鮮人は多いし、総連が入っているビルも従来通りとなっていることなどから、北朝鮮とのコミュニケーション・パイプに不自由は無いと思うのだが、交渉過程に関する報道は皆無に等しい。マスコミに時々思いついたように「拉致問題」の文字が出ることはあるが、すぐに消えてしまい、今や制裁強化ばかりが強調される。被害者家族にすればやり切れない思いだろう。これは政府の怠慢なのか、マスコミの怠慢なのか?

お体の不自由な方を引き合いに出すのは申し訳ないが、どう見ても総理の思考回路は五感のどこかがいかれているとしか思えない。

2017年8月17日木曜日

今日の豊かさ

今日は久しぶりに朝から晴れ間が見えた。来週になるとまた暑さがぶり返すそうだが、それにしても今年の夏は変な夏だった。年寄りにはエアコン要らずで善いかもしれぬが、夏を楽しみにしていた子供や青年達には気の毒だ。代わりに読書量でも増えれば結構だが、現代ではそうもいかぬだろう。書店も店仕舞いするところが増える傾向に変わりがなさそうだし。天候の不順で野菜や果物の成長が悪く、青果物価格への影響が心配されていると思ったら、漁獲や米作までおかしいらしい。

天体の異変か地球の自転が関係するのかさっぱり分からぬが、天候の不順は恐ろしいものだ。更に地球内部からは地震だことの火山の爆発なんてこともある。我が故郷信州の奥に行くと、江戸時代に飢饉で消滅した集落の痕跡が随所にある。東北地方にはもっと多いのかもしれぬ。人間にはなす術もない自然現象だけでも、こんなに災厄が降りかかるのに、人間はどこまで馬鹿か。国同士、人間同士で喧嘩をしたり、殺し合いまでしている。

日本人は古来から自然と共生的な生き方を模索してきたし、性格的にも他人との協調を大切にしてきた方だろう。明治維新後の一時期には西欧諸国に刺激されて、領土の拡大を海外に求めて富を増やすなんて野望を抱いたこともあったが、先進国にガツンと叩かれて分不相応を自覚、反省してやっと平和を取り戻した。個人的には日本人の感性はこの島国の位置と地形の恩恵に依るもので、このことを何よりも大事にすべきと思っている。

確かに、偶には今年のように天の恵みが少ない年もあるかもしれぬが、これも素直に受け止めるべきだろう。昔から「禍福は糾える縄の如し」と教えられた。飽満が続くと成人病にもなりかねない、時には空きっ腹を我慢するのも却って健康上は良いかもしれぬ。別に外国を知らずにいるのが良いことだとは思わないし、今の世の中、外国との交易無しに鎖国するわけにはいかぬだろう。しかし出来るだけ自給自足で行きたいものだ。結果、国が少々貧しくなっても仕方ないだろう。

話が少し飛ぶが、最近北朝鮮に関する報道が多いので思うことがある。今の北朝鮮は丁度物心ついた頃の日本とまったく一緒、国を挙げて女子供に至るまで竹槍をもって米英に立ち向かい、バケツと叩きをもって焼夷弾を防ぐ訓練をしていた。国民の暮らしぶりについても、想像するに当時の日本と似たようなものではなかろうか。比べて70年後の現在の日本、少し豊かになりすぎたのではと思ったりすることもある。

為政者が相も変わらず経済成長をうたい、国民が豊かになることを最優先とする事が有難いのか、他に考えるべき事があるのか、それは分からぬ。

2017年8月16日水曜日

これも世代間格差か

昨日はポツダム宣言受諾の日、お盆とも重なるので仏教徒が多い日本では戦没者を慰霊するにふさわしい日でもある。故に終戦記念日と呼び習わされてきた。数年前まではこの呼び名に違和感を感じなかったが、最近は段々しっくり感じなくなっている。「記念」とは思い出として残すことを言うらしいので、負けを認めた日なんかどうでもいいだろうと思っているのかもしれぬ。ひねくれた考え方であまり自慢にはならないことは十分承知の上だ。

己でさえこんな風に思うのだから、昭和8年生まれの天皇陛下と昭和29年生まれの安倍首相との間で、先の大戦に関する思いが大きく異なることは容易に想像できる。何事も身をもって体験した人間と経験が全くない人間では、学習効果に雲泥の差が生じるのは已むをえまい。戦争は先の大戦以降も殆ど絶え間なく、悲惨なニュースが続いている。普通の人間は長ずるに及び、そういった報道に接すると、実体験が無くても先祖が犯してきた愚かな歴史を学び、先祖の失敗を繰り返さないよう気をつけるものだ。

安倍首相は先祖の歴史、或いは近世日本史をどのように学ばれたのだろうか、学んでも実体験に乏しさに欠けるからだろうか、どうも先の大戦に言及する時、どうしても説得力に欠けるところが気になって仕方ない。昨日の戦没者慰霊式典に於いてもそうだ。陛下のお言葉と首相のそれとの違いはなんだろう。陛下のお言葉は平易で簡潔、首相は最大級の丁寧さをもって長々と言葉を連ねている。しかし並べて読むと首相のそれは空疎に感じてしまう。マスコミは、首相の言葉の中に「反省」とか「反戦への決意」が無かったと非難めかして書くが、果たしてそれがどこかに盛り込まれていたとしても、どの程度の説得力を持っただろうか。

内閣改造に際する記者会見冒頭に述べた「深くお詫び申し上げます」と同じで、どうしても心に響いてこない。他人が書いた文章を口から吐きだすだけでは聞く人に訴えることは出来ないのだ。生まれた瞬間から平和が空気と同じであった世代の人に、昭和15年生まれと半端な世代の人間が、今更「その有難さを勉強して出直してこい」とも言えないし、困ったことだ。

2017年8月15日火曜日

盆休み

12日から4日間盆休みを宣言してブログを書かなかったが、今年の盆は盆らしくない日が続いた。昨日の朝東京をバスで発つ時は雨、それでも昼長野に到着すると雨が上がり、墓参りの時から青空が広がり始め、実家(と言っても両親も兄夫婦も他界して、仏壇を開けたのは姪っ子一人だけ)に兄弟夫婦が集い、庵主さんのお経で供養の後、仏前で簡単な会食、弟夫婦にホテル迄送ってもらう。そしたらまた雨が降り出し、今朝長野をバスで発つときは一時やんでいたが、昼過ぎに東京に着くとまた土砂降り、今に至るまでエアコン不要の8月15日は記憶に無い。

この2日も雨に祟られ通しだが、その前の土曜日も酷かった。朝少し晴れていたので、今日は久しぶりに晴れるだろうと勝手に思い込んで奥多摩に出かけた。
天気予報には、山沿いは俄雨の恐れありとちゃんと出ていたのだ。少し気にはなっていたが、兎に角川苔山を目指した。ところがである、奥多摩駅からバスに乗ろうとすると、バス会社の人が「川苔山は昨夜までの雨で林道に崩落が発生して通行止めになっています。」とのこと。

ここで江戸に引き返せば良いのだが、バカは死ななきゃ治らない。このバスの終点まで乗れば鷹ノ巣山があるはず。登った記憶があるので行ってみよう、と地図も持たずに急遽予定を変更してしまった。今調べてみると、確かに2005年の9月に登ってはいる。その後も何回か山頂には行っているが、何れも雲取山からの帰路で、難易度が全く異なる。日原からの直登ルートは奥多摩でも有数の難ルートで、今から12年前でさえ相当難儀したことを登り始めて思い出した。

改めて調べると、鷹ノ巣山は標高が1736m、案内書には「特に日原から登る稲村岩尾根ルートは奥多摩三大急登に数えられる急坂で有名。」と書いてある。何れにしてもとんでもない間違いで、9時頃から登り始めたはいいが、約千m付近で顎が出始め、更に無理をして11時43分標高1210m付近で、やっと諦め、下山を始めた。しかしこの時、撤退には、旧帝国陸海軍同様すでに手遅れの状態で雨が降り始めてた。

先に登って行った元気な若者集団でさえ、どんどん降ってきてこちらを追い越していく。雨足は強くなる一方だが、気ばかり焦って雨具を引っ張り出す余裕もないまま、1時間ほど降ったところで立ったまま握り飯と行動食を少し頬張る。急ぎたいが、転んだりしたらことである。余計慎重になるのでスピードは落ちるが仕方がない。それでも足元の悪い急坂を更に1時間半ほど。やっと2時過ぎにバス道にたどり着いた。

運が悪いことにバスは2時50分発、もうやけくそで濡れネズミのまま自宅まで来てしまった。新宿に着いたのが5時だから帰宅は5時半過ぎている。よく風邪をひかずに済んだものだ。今日は終戦記念日、バスの往復で読んだ「文藝春秋」の記事と今日のニュースをテーマに書くつもりが、自分の馬鹿さ加減を反省する方が先になってしまった。

2017年8月12日土曜日

夏休みを取ります

今朝までの長雨は何だったのだろうか、本当に今年の天候はおかしい。お陰で人間の頭の中までおかしくならなければいいが。なんたって世界のリーダーであるべき米国大統領が夏休み中にも拘わらず、北の若旦那を相手に同じレベルで悪口を世界に発信している。世界がこれをどう見ているかは分からないが、少なくともアメリカ国内では相当批判的な意見が表面に出てきたようだ。

日本は政治的に弱体だから、どちら側に対しても働きかけられないのは分かるが、北朝鮮がグアム島めがけてミサイルを発射したら、物理的防御措置を講じて国民の安全を図ってくださるそうだ。政治家が真面目な顔で言うのを聞いて信じるほど、国民はお人好しではないだろう。他国の政治指導者のことをあげつらっても仕方がないが、日本の総理大臣は先週内閣改造に当たって、国民にお詫びするとして頭を下げて見せた。

それ以降は、広島と長崎の原爆慰霊祭に顔を見せたが、まともな政治的発言が全くないと言うより、現地の被爆者代表側から原子力兵器禁止条約への対応で突っ込まれて返事すらまともにできない状態である。総理も夏休みモードに入り、閣僚が実力者揃いの仕事人だから全てお任せで万事うまく回ると思っているのか、ご自分の頭が回らなくなってしまっているのか、後者でないことを願いたいが、どう見ても身体の調子が悪そうだ。

一先ずここで他人事はおいて、私自身も明日から15日まで夏休みを取らせていただきます。