2017年6月27日火曜日

勝者発言の清々しさ

将棋は全然知らないが、藤井4段の勝ちっぷりは凄い。それに感心するのは勝ち進むたびに受けるインタビューだ。時には「望外の幸せ」とか難しい言葉も使ったりするようだが、それは自然に出てくるので違和感を感じない。何よりも中学生らしい素直さには誰もが好感を覚えるだろう。

将棋の藤井四段、中学3年生 14歳

(新記録の公式戦29連勝の感想)
「自分でも29連勝というのは本当に想像もできなかったことで。喜びとともに非常に驚いております。今日は相手が強敵の増田(康宏)四段で、竜王戦の決勝トーナメントということもあって、連勝記録自体は意識しないようにと思っていましたけど、気を引き締めて臨みました。」
(特に印象深い対局を一つ上げるとすれば)
「そうですね、初戦の加藤先生との一局は印象深いです。加藤先生の迫力ある闘志を盤の前で体感できたのは貴重な経験と思います。」
(今後に関して)
「まだまだ実力をつけることが必要だと考えているので、そうですね、タイトルを狙える位置まで実力をつけたいと考えています。単独1位になれたというのは、自分でも特別な感慨。今までと違った喜びがあると思っております。これだけ注目していただいて、緊張というかプレッシャーというのはあるんですけども、重圧に押しつぶされてしまってはよくないので、なるべく自然体で指すように。」

彼に代わって正反対に感じるのが、山本幸三地方創生相、東大卒、元大蔵官僚(68歳)である。自分でも言っていることが理解できているかが疑わしい。インチキしようが嘘をつこうが勝ちさえすればいいとの発言。政策を勝負事と思っている節があるが、誰と勝負しているつもりだろうか?

まして25日放送の日テレの番組「バンキシャ」で報道された安倍首相がインタビューで答えたとされる発言。神戸市の産経正論の講演会で「全国に獣医学部を新設」と表明した真意を問われ「あまりにも批判が続くから、頭に来て言ったんだ」とされるに至っては何をか況やである。

2017年6月26日月曜日

政府広報の陳腐さ

昨日25日は、東京都議会銀選挙の最初で最後の党首街頭演説の日曜日だった。この選挙が国政にどれほどの影響があるか知らぬが、兎も角各政党の党首が街角に繰り出すのは自然だろう。しかし自民党安倍総裁と日本維新の会松井代表は姿を見せなかったようだ。松井氏は大阪の人のイメージが強いので応援にならない、と思うのは仕方が無いとして、自民党総裁が街頭に立たないのは相当不自然だ。

人前で野党を攻撃することが三度の飯より好きなくせに、特段の用事も無いのに自宅に閉じこもっている。当然マスコミやネットにはいろんな憶測が飛び交っている。党内の世論調査で負けがはっきり出ているので、責任を取りたくない。なんて理由が尤もらしく書かれるが、やはり体調が相当に悪いのではなかろうか。早いとこ激職から引退されて、山中湖の別荘にでも行き、ゆっくり休まれた方が善いと思う。

閑話休題:新聞を買ったわけではないが、昨日の「日刊ゲンダイ」に掲載された次の記事が元広告屋の興味を引いた。以下に少し引用する

『投じた税金4億円 安倍政権「ミサイル避難CM広告」の思惑』 こんなバカバカしいCM・広告に一体いくらの税金を投じたのか。内閣府に問い合わせると、担当者はこう答えた。「CM制作費と放映費で1億4000万円、新聞広告で1億4000万円、ウェブ広告で8000万円です」4億円近いカネをドブに捨てたようなもの。そもそもなぜ、このタイミングでCM・広告を打つ必要があるのか。森友・加計学園問題で内閣支持率の低下が著しい安倍政権が“メディア買収”に動いたとしか思えない。以上引用

どこかのテレビ局でもこの話題を取り上げていて、一度見たいと思っていたところ、この週末に一度実物を目にしたような気がする。これで買収できるメディアがあるとも思わないし、政府が視聴者や読者に何を言いたいのか分からない。「本気で言っているの、馬鹿にしないでよ!」が落ちだろうに。北朝鮮の放送を笑えない。政府がメディアコントロールに力を入れたい気持ちは分かるが、どうも広告屋に食い物にされているような気がしてならない。

2017年6月25日日曜日

国策印象操作

昨日のブログの続きになってしまうが、既成メディアは先日プレスクラブに於ける前川氏の発言をどのように受け止めたのだろうか。心ある記者は重く受け止めているに違いないが、日本の新聞テレビラジオのマスコミは巨大組織であり、トップが政権と繋がっている事実には抗しがたいようだ。前川氏の記者会見で最も注目すべき発言は「国家権力とメディアの関係」だと思ったが、反省を込めてまともに取り上げている媒体は残念ながら1社も無い。

今朝の朝日新聞を見ると1面に『首相、自民改憲案の臨時国会提出を明言「歴史的な一歩」』と見出しがあり、産経新聞の主張に賛同する任意団体「神戸『正論』懇話会」主催の講演会での内容が紹介されている。内容は書くまでもないが、総理の言いたい放題で、目下国民から突き付けられている臨時国会の開催については一言も触れていない。挙句の果てに加計学園問題に絡んでは言うに事を欠いて「獣医学部を全国に設置したら良い」ときたものだ。国民を馬鹿にする以外の何物でもない。

これを産経新聞やNHKが大々的に取り上げるのは、彼等の立場が政府お抱えの広報機関に堕してしまったことを思うとやむを得ないのかもしれぬ。しかし朝日・毎日・東京までもがである。いくら東京都知事選にはお呼びか掛からないとは言え、沖縄の帰りに西の神戸に態々立ち寄り、しかも右翼系団体見え見えの講演会での与太話ではないか。産経やNHK以外は黙殺するくらいの意気を見せてほしいものだ。

官邸側は一種の国策印象操作として演出しているならば、成功には違いないだろうが、国民にとっては雑音にしては迷惑に過ぎる。総理の口調を聞く限りどこかおかしい。その1日前には『妻、昭恵氏が23日、岐阜市で講演した。森友学園問題での報道機関の指摘を念頭に、「批判はして頂いて結構ですが、こちら側が伝えたいと思っていることもきちんと伝えて頂きたい」と述べた。』との記事もある。この二つの記事を突き合わせると、総理ご夫妻の頭の中が何か尋常で無いように感じてしまう。こちらの頭がおかしいのかもしれぬが。

2017年6月24日土曜日

国家権力とメディアの関係

ティーンエイジャーの頃、最大の娯楽は映画館に行くことだった。邦画と洋画を問わず新作が来ると、早々に映画館に足を運んだ憶えがある。当時はニュースと予告編に次いで本編が上映される仕組みで、コマーシャルは未だ誕生していなかった。現代は、この最大の娯楽機関がテレビに置き換えられて、我が家に据え付けられていることになる。

従ってテレビのことを余り悪く言いたくはないが、市川海老蔵氏夫人死亡に関する番組を朝から延々と見せつけらると、どうしても文句を言いたくなる。何故か、昨日は海老蔵氏の記者会見に少し遅れて、前川喜平氏の記者会見もあった。海老蔵氏は歌舞伎ファンならずとも知らぬ人もいないくらい有名な芸能人、前川氏は前の文科省事務次官で、国会で大問題になった加計学園事件関係に関し1か月ほど前から大きく取り上げられてきているので、知る人は知っている。

テレビはコマーシャルで成り立つ商業放送だから、取り上げる話題も視聴率が優先される。海老蔵氏と前川氏を知名度を比べれば、どちらの記者会見を優先するかは自明のことかもしれぬ。だから読者数も少ない我がブログながら、前川氏の記者会見を少しフォローしたい。昨日は日本記者クラブ主催だから、本邦マスコミの総本山からの招待に答えた形での会見で、2時間近くに亘る長時間である。海老蔵氏の会見はどこかの劇場で、昼の部講演終了後らしいので、時間的には前川氏の方が長かったのではなかろうか。

マスコミ報道はさしのインタビューでも限られた時間又は紙面にはめ込むため、内容を相当圧縮せざる得ないことになる。その割に海老蔵氏の会見はかなりの細部に亘って見させてもらった。一方の前川氏の会見も扱いに程度の差はあるようだが、民放は殆どの局が取り上げている。新聞も殆どの紙が書いているだろうが、僻むようだが海老蔵氏に押されて扱いはさほど大きくはない。指摘すべきはNHKのニュース、連れ合いに言わせると朝5時からどのニュースでも前川氏の記者会見は取り上げなかったとのこと。

ある意味わかり易いとも言える。前川氏は会見で、自分が加計学園獣医学部新設に絡んで発言をしたことで認識を新たにしたことがある。として非常に重要なことを言っているのだ。即ち「国家権力とメディアの関係」である。読売新聞に突然掲載された<出会い系バー通い>について、官邸からもみ消しを暗示する誘いがあったこと。氏が会見を開く前、最初にインタビューを録画したのはNHKであったのに、何故かその録画は未だに公開されていないことである。メディアがここまで堕落すると日本の将来はどうなるのか?

2017年6月23日金曜日

スローガン政治

ブログに書くほどのことが無くなってしまったので、ボーっとメモを見ていたらこんなファイルが目に留まった。「第193回国会における安倍内閣総理大臣の施政方針演説(平成29年1月20日)」つまらないものを取っておいたものだ。捨てる前にざっと目を通した。相も変らぬお題目が並んで「世界の真ん中で輝く日本を、一億総活躍の日本を、そして子どもたちの誰もが夢に向かって頑張ることができる、そういう日本の未来を、共に、ここから、切り拓いていこうではありませんか。」と締め括られている。

そして先週19日国会閉幕を受けての記者会見では、「人づくり改革」を検討する有識者会議「みんなにチャンス!構想会議」を7月に発足させ、担当大臣を設置することを表明している。総理大臣として本当にやりたいことは何かがさっぱり分からない。普通個人的にはお金持ちになりたいとか、海外旅行をしてみたいとか、女性にもててみたいとかいった類の淡い野望を抱くことはあるだろうが、一般人に許されることであって、総理たる者がそんなことを考える暇は無いはずだ。必要も無いはずだが、安倍氏の場合は貧しい家に育ったので、巨万の富を手にした現在でもその精神構造から抜けきれないでいると悪口を言う向きもある。

どうでもいいが、「アベノミクス」に始まり次々に放たれたスローガンに因んで命名された幾つかの会議について文句を書きたい。「一億総活躍」「国家戦略特区」「教育再生実行」等々一連の繋がりで先の有識者会議が誕生することになるのだろう。ご本人は1億2千万人以上の国民を十把一絡げでエイやとこねくり回すことが可能と思っているのだろうが、国民の多くは無関心であるか、こちらのようにひねくれた人間は「うるせぇ!ほっといてくれ」と毒づくのが関の山か。スローガンやキャッチフレーズを考えるのは宣伝屋のお仕事、長年携わっていたのでよく分かる。比較して思えば、戦前軍国主義時代のスローガンの方がまだましだ。

現政権のものは、多数の人たちに喜ばれる実効性のかけらも無いのに意味不明のキャッチで国民に号令をかけている。何が「「みんなにチャンス!」だ、笑わせるな。政策より先にスローガンだけを作り、個人的にやりたい放題をして、後は問答無用で反対者を抹殺できるとは思い上がりも甚だしい。

2017年6月22日木曜日

言語空間は同じでも

水木金と3日間は降り続くはずの雨が水曜日1日でやんで、梅雨の晴れ間に戻ってしまった。首都圏の労働者や暇人にとってはありがたいが、お百姓さんや水源にとってはどうなんだろうか?少し気になるところでもある。国内の政治がガタついているので外国の情報は少ないが、隣の韓国と北朝鮮の関係微妙に接近し始めているようでもある。アメリカも漏れ聞く限り、結構国内が揺れているようでもある。

目は専ら中東とロシアに向いているので、東アジアに構っていられないとの説もあるようだが、人質一人が生ける屍で送り返されたことに無反応と言うわけにはいかぬだろう。更に金正恩の火遊びが続くと、いくら中国任せとは言え何か行動を起こさない訳にはいくまい。当然同盟国の我が国にも何らかの影響はあるだろう。イージス艦やPAC3ミサイルの映像がテレビに出るので、内閣支持率向上に役立つなんてほくそ笑む人もいるかも知らぬが、とんでもないことだ。

国会を閉じてしまったまではいいが、為政者の目は現在どこに向けられているのだろうか?所詮政治家なんて輩は次の選挙のことしか考えが及ばない、なんて情けないこと聞くが、正直何を考えているかが分かりにくい。我々は世の動静をマスコミやネットに流れる情報からしか掴みえぬが、政治家なる人種は俗に言うところの1次情報に接している上に、我々とは全く異なる倫理規範に則っているようで、思考回路が随分異なっているようだ。このことは与野党を超えて言えると思う。

一般市民は、普段接しているマスコミの違いで政党支持の態度が大分違ってくる。霞が関キャリア官僚OBでさえも、文科省の前事務次官前川氏への評価も大きく異なる場合がある。これなども立ち入って聞いてみると普段接するメディアに大きな違いがあるようだった。同じ言語空間で暮らしていても日常インプットされる情報の積み重ねは大きな影響力を持つものだ。政治家の行動と一般人の行動にはどうしても大きな違いが出てきてしまう。

我が連れ合いも野党の追及の甘さにイライラしているが、政治家が縛られている国会のお作法を我々が知りえないせいではなかろうか。言語空間は同じでも、政治家は別の星の住民のよう思えてくる。今日急に浮上した自民党2回生議員のスキャンダルを待つまでも無く、政治家はいつの間にか常識さえ庶民とはだいぶ異なってしまうようだ。

2017年6月21日水曜日

読後感「日本中枢の狂謀」古賀茂明著

著者は司会:古館伊知郎時代の「報道ステーション」コメンテータも務め、降版の際に物議をかもした人物。「I am not ABE」フィリップ提示でも有名になった。通産省キャリア官僚で内閣出向経験もあり、マスコミの内部にも通じているので、世間を見る目も凡俗には及ばない複眼視点を持っているはずである。徹底した現政権批判を中核に据えて、日本社会の問題点抽出を試みている。著者は前回の都知事選で出馬直前まで行ったことも経験している通り、政治的野心もあるので、政治の裏側も知る立場のようだ。民進党(旧民主党)についても問題点を指摘して、かなり辛辣に(早く消滅すべきと)書いている。

内容は著者がこれまでに別の著書やマスコミを通じて発信してきているところを詳細に書き込んでいるようなので、買ってまで読む程ではないかもしれぬ。著者の主張「改革はするが戦争をしない民主主義国家・原発の無い日本」の確立に反対する気持ちは全く無いが、言うべくして容易なものではないだろう。しかし問題点の指摘という意味では、通産官僚であっただけに原子力政策にしろ、産業政策においても素人の見方を超えている。

日常的にぬるま湯状態の社会にどっぷり浸っているので、何となくおかしいと感じてはいても問題がどこにあるかは中々気づきにくいものだ。一例を挙げれば自動車産業なんか、トランプ大統領が何を言おうと日本は世界をリードしていると思っていた。ところが経産省のミスリードで今や世界の趨勢に相当遅れ、トヨタでさえシャープや東芝になる日が近づいていることを改めて知らされた思いだ。外国事情にもよく通じている。

国内的には例の政治問題と絡み、規制緩和論議が喧しいが、産業政策上本当の問題点はどこにあるのか。これも知っているようでもはっきり知らなかったことだ。農業農協改革、医療制度改革等々幾つか指摘しているが、特に改めて思ったのは昔少し関わったエネルギー(原子力)政策である。著者が原子力からの脱却を目指したいのは分る。しかし問題は政官業に亘り巧妙に張り巡らされたネットワークとこれに篭絡されているマスコミであり、その実態が相当赤裸々に描かれている。

問題点の抽出と言う意味ではよく書けているとは思うが、市民連合の立ち上がりを期待する著者の思いはどこまで届くかが問題だろう。