2017年3月28日火曜日

日頃の備え

昨日国会で来年度の国家予算が正式に承認されたとのこと。この先暮らし向きがどう変わるか、中身については全く判断できないが、一先ず目出度いことなんだろう。分からない序に海外事情と外交問題についても少し触れたい。アメリカのトランプ新政権政策の方向性なんてものも皆目分からないが、何やら不安定だと聞き及ぶところだ。このことが我が日本は勿論、世界各国に不安定な状況をもたらしているとのこと。

しかし大国の中国やロシアは、トランプ政権出現を余り悲観的に見てはいないようにも窺える。世界を覆っている空気の流れがおかしいのだから、小国日本とすれば出来るだけ大人しくしているにしくはない、と思えばよさそうだが、日本政府は日本を大国と勘違いしている。そこで空気を読み違えると栃木県体協の高校生雪山訓練のような悲劇にも繋がりかねない。県内山岳のベテランが嘗てこの場所で雪崩が発生なんかしたことがない、と記憶していたとしても、自然現象では何が起きるか分からない。6年前の津波でも同じことだ。

雪山訓練には縁がないので知らぬが、かすかな記憶に基づく浅知恵で言えば、雪崩対策(掘り起こしとか、ビーコン探査とか)が最重要課題だろう。更に訓練自体はシーズン初めに行うのが相場ではないか。参考に以下のページをゆっくり参照願いたい。
http://blog.goo.ne.jp/miyaburg/e/3a185cbd21a12af2e81026ea0aa69001

話があらぬ方向に行ってしまったので戻す。

トランプ氏については安倍総理は深く理解したようだが、凡人には何をしでかすか分からない人物に見える。金正恩氏も同じようなものだ。間に立つ中国やロシアは勿論双方に自制を求めているだろうが、キレやすい人間は何をしでかすか分かったものではない。兎に角隣国にこれだけの火種を抱えいている我が国で、口先の危機感はよく聞くが、実際に緊張感をもっている組織や政治家はどこにいるのだろうか?幸い総理は常に冷静沈着、キレない性格なので国民は安心しているのだろう。

老い耄れは一人で思う。「予算が上がったと喜んでいる場合か?」

2017年3月27日月曜日

読後感「吉本隆明・江藤淳前対話集」

アマゾンの内容紹介は「戦後日本を代表する二大批評家が、一九六〇年代半ばから八〇年代後半にかけて行った全対話を年代順に収める。文学から思想、政治から時代状況まで論じる、戦後批評の到達点。」とある

作家の江藤淳氏については「海は甦る」を読んだ記憶があるので知っていた。吉本隆明氏については全く知らなかった。両氏とも作家や詩人と言うより、自分自身が文学者であることを強く意識されていたように思う。故に評論家としても高い評価を受けていたのだろう。

両氏は文学についてはかなり共感するところはあったようだが、社会に対する見方ではだいぶ異なっていたみたいで、そこがこの対談集の面白いところであった。吉本氏は1924年(大正13年)生まれで東工大電気化学科の出身にも拘らず若い頃から詩作の才能を発揮されていたようだ。戦後は労働組合運動のも関わった経験もある。一時は自ら左翼系の評論家と称したほどだが、著作業で生きていく決心して多くの文芸評論を手掛けるが、1980年代半ばチェルノブイリ原発事故後におきた、文壇の反原発運動に反旗を翻したりしている。反原発運動がいきなりエコな生き方と言うことに反発したようだが、この辺が如何にも東工大出身らしい。社会思想的には凡人には少しわかりにくいように思えた。

江藤氏は1932年(昭和7年)生まれで慶応義塾大学英文科出身、学生時代から文芸評論を活発に行っている。若くして米国に留学。終戦を境とした日本における価値観の変化や、外国人の目で見た日本及び日本人についても肌身で感じるところがあったのだろう。「日本人とは」を文学を通して追及した人生であり、どちらかと言えば保守的な論客としての評価が定着していたようだ。両氏がともに認めておられるが、お二人の社会的立場が世間的には保守と革新と正反対とみられる傾向にあったようだが、対談では屡々意見が一致する。

哲学的な問答なので少しわかりにくい意味もあるが、文学部の出身でありながらまともな本も読まず、当然のこととして文学や言葉の持つ意味を真剣に考えたことが無かった身としては、触発されるところが多分にあったが、中で一つだけ記すなら、お二人の共通認識に「100年後も日本と言う国が存在するかどうか」がある。もし日本国が亡くなっても人種としての日本人は残るわけだが、その彼らはどのように生きるのだろうか?」何故にこの発想が生まれたか忘れたが、こういう発想が意外に大事かもしれぬ。時間をかけてもう一度読みたくなる本だった。



2017年3月25日土曜日

籠池劇場

森友学園の籠池理事長の国会証人喚問についての感じ方はいろいろあろう。ブログを書いて特段意見を述べるまでもない。

不思議に思うのはただ一つ、政府自民党としての狙いは籠池氏を偽証罪で告発して犯罪人に仕立てることにあったと思っていた。安倍総理の「悪意に満ちた証言であった」との発言はあったようだが、告発したとの報道が出てこない。なんでそんなに手間取るのか、まさか国対委員長が思い付きで証人喚問を口走った筈もなかろう。司法関係と十分な打ち合わせをしての段取りではないのか?疑問が募るばかりだ。

土曜日なので休もうと思ったが、余りにも面白いブログを読んだので、プリントして婆さんにも読ませてあげた。我が夫婦普段からテレビドラマは見ないが、籠池劇場ほど面白いドラマは他にあるまいとのこと。

読者諸氏も是非下記ページをご参照されたい。
http://article9.jp/wordpress/?p=8320

2017年3月24日金曜日

異次元の空間

1997年に亡くなられてから大分になるので、嘗てかなり流行った作家の山本七平氏の名前を耳にする機会は殆ど無くなった。氏の代表作に『「空気」の研究』(1977年)がある。先の大戦の敗戦責任を問う際に、特定の個人より当時日本を覆っていた空気の存在を考えるべきとした内容で、「へ~、そんなものかね」と読み過ごしていたものだ。ところが今週になって読んだ本や接している報道を併せ考えた時、改めて『「空気」の研究』を思い出さざるを得ない。

唐突ではあるが、1940年4月4日の生まれなので77歳の誕生日が目前に迫ってきた。今ではこのように書いても何の違和感も感じなくなった。しかし昭和天皇が亡くなられた頃までは、 どうしても昭和15年と書かないとしっくりこない感じがあった。このブログでは未だに西暦と年号を併記することが多いが、西暦だけで表記する時代が来ているように感じる。

1940年は1868年の明治元年から数えると72年目、誕生した時から現在までの77年を誕生前に当てはめると、明治を通り越して完全に江戸時代になってしまう。勿論ちょんまげ時代の日本の空気を肌身で感じることは出来ないし、誕生当時のことも同様だが、それから5年後の敗戦を挟んでの空気の違いも当時は感じていなかったと思う。しかし現在に至れば、当時どこかで身を包む空気が著しく変わったのは事実で、この違いは当時感じようと感じまいと肌身が記憶しているようだ。

1940年代の空気感と現代のそれとの違いは、年代表記を持ち出すまでもなく、あらゆる局面で明らかだろう。国会図書館で持て余した時間に何気なく目を通す1940年代の雑誌を見れば一目瞭然、少年少女から学生・教師・婦人に至るまで「愛国」二文字が冠せられないものを探すのが困難と言っても過言ではない。日本のファシズム(全体主義かな)が如何に凄まじかったかよく分かる。

その空気が一変して、今肌身にまとわりつく空気は「民主」一辺倒、そのことについて今日は触れない。そんなこと以上に、空気の変わり目についてある種の凄さを教えてくれたのが麻生財務相である。22日水曜日の参議院「財務金融委員会」でのことだ。民進党大塚耕平氏が、昨今政権に湧き出るスキャンダルについての感想を大臣に求めた。その時の答弁に麻生氏は「インターネットのお陰で、根拠の薄い変な話が拡散するので大変な時代になったものだ。」と答えた。

全く同感である。日本はまだいい、アメリカの大統領選挙を見よ、北朝鮮のミサイル発射がサイバー攻撃で失敗に終わったとの報道を見よ。我々が生存する空間が3次元を超えようとしている何かを感じている。

2017年3月23日木曜日

価値観の相違

昨夜安倍総理が訪欧から帰国したが、籠池劇場本番前夜のせいかどうかマスコミは相手にしていない感じで、一寸可哀そうなくらいだ。今朝の新聞でも訪欧の成果らしきものは殆ど報じられないに等しい。世界の中心で輝きたい総理としては極めて不本意だろう。しかし総理自身、本気で欧州の首脳、と言ってもメインはドイツのメルケル首相と次期サミット開催国イタリアのパオロ首相だろうが、とアメリカのトランプ大統領の間を取り持てると思って出かけたのだろうか。

昨日ちらりと見たネット情報によれば、アメリカのある精神科医師が「トランプ氏は精神分裂症の可能性がある」と言ったそうだ。その真偽は措くにしても、安倍総理は先月長時間にわたる2度目の会談で、トランプ大統領の基本政策については考えに大いに共感したことになっている。具体的に言えばTPP即時撤退にも何ら異を唱えず、国外ばかりか国内ですら批判の多い移民政策も国内問題を理由に一言も言及していない。

一方欧州の首脳陣は例外なく(あの英国のメイ首相でさえ)トランプ氏の貿易面での保護主義政策と移民政策には真っ向から反対を表明している。訪問先で取ってつけたように「自由貿易の旗を高く掲げ」なんて言ってみても、相手は子供じゃあるまいし安倍さんのお考えに敬意を表します、なんてことになる筈はない。ましてや同じドイツの バーデン=バーデンで同時期に開催された20か国財務相・中央銀行総裁会議はアメリカ代表に引っかき回されて、欧州勢は相当に不満だった筈だ。

その会議には副総理の麻生氏が出席しているのも自明のことで、ここで麻生氏や黒田日銀総裁がアメリカにかみついたとでも報道されればまだ話の辻褄は合うかもしれぬ。二人が逆立ちしてもそんな芸当できるはずもない。己の定見なくして他人価値観を受け止めることはできない話である。仕方がないので、その場その場で相手に合わせたつもりの出まかせばかり言う人間は、結局誰からもリスペクトされないのは明らかだ。

ましてや価値観の違う人間の仲立ちなんぞ出来る筈もない。ましてや現在は価値観多様化の時代、かつて倫理学の時間に学んだ真善美ですら普遍的価値観として通用するかどうか危ないくらいだ。こんな時代に己の力で価値観の相違を埋められると考えたとすれば、政治的センスもさることながら常識を疑わざるを得ない。

2017年3月22日水曜日

判断に迷うことばかり

世の中に秘め事は数え切れぬほど存在するだろうが、これをいちいち知ろうと思っても詮無いことだろう。しかし秘め事とも言えぬ事実を隠し立てする輩もいるが、これ程馬鹿馬鹿しいことは無い。天網恢恢の譬え通り、いずれバレるに決まっている。朴槿恵前韓国大統領の悪口を書くつもりではない。それにしても韓国の大統領職は退職後碌な結果にならないと決まっているように見える大変な職位だ。それでもなりたい人間が後を絶たないのが不思議で仕方ない。

隠されているわけでもないし、万人の眼前で展開されていても普通の人には理解しかねることが多いので困ってしまう。例えば囲碁の途中局面などがまさにそうであるように、ある人は白が有利と言い、また別の人は黒持ちだと解説する。経済問題も似たようなことではないだろうか。恣意的に言ってるのかどうか分からないが、政府や日銀は、緩やかな経済の回復基調にあって、デフレから脱却しつつあるとしている。一方外野には様々な意見があり、デフレが継続中だことの、いやミニバブルが発生中なんてことまで言われる。

凡俗としては「だからどうした。」と全く聞く耳を持たずにいればいいが、地価公示価格の発表なんて聞くと、我が住まいは?なんて馬鹿なことに関心が行って新聞を見てしまう。己が寝起きしている猫の額に等しい土地が、他人の評価で仮に億万円になろうと、只になろうと関係ないと思うが、凡人とは情けないものだ。

今朝感心したのが凡人ではない人たちのこと、目下世界を騒がせているアメリカ政府内部の話である。アメリカもご多分に漏れず経済問題が大切なようで、これ次第でとんでもない軍事政策やら移民政策に繋がることに相成るらしい。先に述べたように、そもそも経済なんて代物は、誰が正しい見通しに立っているかなんて解らないことでは洋の東西を問わないらしい。日本の場合は政府見解と外野の違いと述べたが、アメリカでは政府内部でさえ相当な意見の相違があるとのこと。

我が国では閣内の意見が不統一であれば内閣総辞職につながるとのことである。どこの国であれ、閣内に異論があることは不思議ではない。それを表に出すことを国民がどう思うかであるが、昨今の内閣のように見事に統制がとられるより多少外部に漏れ出る方が健全ではないだろうか。

ことの良し悪しは別にして今朝読んだネット記事によると、トランプ氏が強引に進めつつある税制改革にせよ、貿易政策で米国一国の利益を増大させようとする「経済ナショナリスト」の勢力とナショナリストを潰して米国をTPPなど自由貿易重視の以前の姿に戻そうとするゴールドマンサックス(GS)出身の「グローバリスト」の勢力が、最近、激しく対立している。とのことだ。

2017年3月21日火曜日

焼津の里山ハイキング

今日は朝から雨模様で少し冬に戻ったような天気になってしまったが、昨日までの3連休は実に春らしい行楽日和であった。春風に誘われてハイキングでもと思いついたものの、いつもの悪い癖だ。行楽には交通、宿泊等それなりの条件が必要、当日になって思いついても、そう都合よく行きたい場所に行けるものではない。当初は西秩父の両神山と思っていたが、変更して、今月初め歯医者の待合室で読んだ読売新聞記事にあった焼津の里山コースに目標を変更した。

日曜日にいつも通りに朝食を済ませ、昼過ぎに焼津港に着いて市の観光案内所で今日と明日の予定を相談。客が少ないせいか非常に丁寧な対応をしてもらえた。町全体はかなり寂れてシャッター商店が軒を連ねた感じ。見るべき観光スポットは無いが、新鮮な海鮮丼を食することができた。港には天気が良ければ富士山の素晴らしいビュウポイントがあるようだが、行ってみても春霞で富士山は殆ど見えない。ただ何となく潮風を感じながらお散歩に徹し、3時過ぎにはホテルに連絡して迎えに来てもらい早々チェックイン。

翌朝はホテルの無料朝食が美味かった。何でも水産卸に販売をしている会社が経営しているとのことで、マグロの漬けがふんだんに用意されていた。8時過ぎにホテルの車でハイキングコースの入り口(花沢公園)まで送ってもらう。この一帯を花沢の里と言うらしいが、未だ菜の花とコブシくらいしか見るべき花も無い。歩き始めて暫く行くとコースの起点とも言うべきお寺(法華寺)がある。線香の香りが漂ってくるのはお彼岸の中日のせいだろう。ハイカーらしき人と早朝から墓参りの人が同数くらいの感じだったかな。

ハイキングのコースは先ず高草山(501m)に登り、少し戻って満観峰(470m)に登り返し、法華寺に戻るコース。新聞記事には満観峰から望む富士山が秀逸と書かれていたが、これも全く見えず仕舞い。しかし天気は快晴で春風は何とも言えず心地好いし、途中随所で聞こえた鶯の鳴き声も心和むものであった。満観峰山頂で早めの昼飯を食べて下山。お寺の下の農家が庭先でコーヒーを売っていてタクシーを呼んでくれる。恐らく自宅までの全行程を含めても10㎞も無かったろうと思うが、久しぶりのハイキングで今朝若干の筋肉痛が出ていたし、何といっても昨夜は5時間半一度も起きずに熟睡できた。

やはり適度な里山歩きは心身ともに健康促進剤である。
ヤマレコは下記です。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1090378.html